ふじもと歯科診療室

東京都稲城市東長沼3103-12
Tel/Fax: 042-378-7105

院長紹介(その2)

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藤本 卓(たく)
 

出身地を訊かれると、とっても困る小学校5つ、中学校4つを渡り歩いた自称「転校王」。「ここにきて良かった」と患者さんに言っていただけることを目標に、日々診療に取り組んでおります。

 

趣味は、仕事と読書と酒&パイプ。

 

好きな言葉が「真理は常に少数派とともにあり」の天邪鬼。

 
  • 日本歯周病学会会員
  • 日本ヘルスケア歯科研究会会員
  • 日本障害者歯科学会会員
  • 日本臨床歯周療法集談会会員
  • 総武臨床研究会会員
  • 口腔感染症懇話会会員
  • 南多摩予防歯科研究会会長
  • 八南歯科医師会稲城支部副支部長

大学時代

高校時代に部活をやっていなかったので、なにか運動をしたく、入学式の日に体育会バレー部に入ってしまいました。歯学部の部活なんてたいしたことあるまいとタカをくくって入ったのですが、無茶苦茶厳しく、体育館から這ってでたこともあるくらいでした。 おまけに、授業はサボる暇もなく、風邪をひいて実習を一回だけ休んだところ、大変な叱責を受けたくらいで、他大学の友人達の楽しげなキャンパスライフを横目に見ながら、部活と実習漬けという毎日でした。

 

しかし、部活の無い日は、いつも海に行き、ウインドサーフィンに没頭していました。 ただ、およそ真面目な学生ではなく、試験はなんとかパスといった成績でクリアし、国家試験も似たようなものでした。実習は得意でしたが、座学が苦手と、まるで職人のような学生でした。

 

勤務医時代

そんな私でも、さすがに卒業時には、自分の将来を考え、いろいろ悩みましたが、先輩の紹介で都内の開業医に勤務しました。

 

ところが、「お金を頂いて、人を触る。しかも治癒に導かなくてはならない」という当たり前のことに、初日の一人目の患者さんから気づかされました(決して失敗したわけではありませんが)。また、同時に就職した他校出身の先生とのあまりの知識の差に、物凄いアセリを感じました。このときから、遅ればせながら(本当に遅いのですが)、必死に勉強し始めました。現在の妻と結婚する予定で同居していましたので、生活費を彼女の稼ぎで凌ぎながら、自分の給料をほとんど全て、書籍と講習会費に当てるという生活を2年ほど続けました(その間に結婚しましたが)。

 

4年目ころから、同級生が次々と開業していき、羨ましいと思いつつも、思い切れない状態が続きました。今から思うと、思い切れない理由は、「開業してどんな歯科医院にしたいのか」と、いう自分の考えが固まっていなかったせいだったと思います。

 

そして、5年目の終わり頃、ようやく考えが固まりました。 それは、

「悪くならないようにするために、通ってもらえる歯科医院」

です。

 

当たり前といえば、当たり前のコンセプトですが、「悪くなったら行くところ」というイメージが定着している歯科医院ですから、言うは簡単ですが、なかなか実際には難しいところがあります。 そこで、治療だけでなく、お手入れをするユニットがどうしても必要になることを見越して、最低でも治療ユニットが5台は置ける不動産物件を探しました。多分、現場には50件ほど赴き、図面では200枚以上検討しました。

 
 

⇒「ふじもと歯科診療室を開業して」へつづく


Last-modified: 2006-06-28 (水) 01:11:45 (4047d)